カテゴリ:旅行( 15 )

 

奇岩

11月30日  木曜日   
ウドーン・ターニー(Udornthani)の旅 (May.16-17.2005)
 
 タイ東北部にあり、バンコクから約564Km(飛行機で約1時間)ある。
この町は、19世紀末ラオスの植民地を進めるフランスとタイとの間に締結された条約に基付き、設定されたメコン川以南25Kmの緩衝地域に出来き、その後ヴェトナム戦争時代に、アメリカ空軍の基地として栄え、米軍撤退後衰退したそうだ。 しかし、郊外に世界最古の農業文明跡と言われる、ユネスコの世界遺産にも登録されているバーン・チアン遺跡があるという。
 
 手配していたタクシーの運転手とロビーで会い、車に乗り込んだ。 大分古い車で、タコ・メータはあるがスピード計の針は動いていなかったし、ドアもバネがへたっており、開けるとブラブラしていて乗降しにくい。 まず、ガソリン・スタンドに寄り満タンにして、町より北西56Kmにあるプー・プラ・バート歴史公園に向かった。 片側3車線の国道2号線を北上し、途中で2021号線に入り1時間程で到着。
 
 ここには、トルコ、カッパドキアで見たような奇岩と称されるものが、歴史公園内に散在している。 パンプレットによると、数百万年前この地は、氷河に覆われていたようで、それが溶ける際、地層を侵食しこのような風景を生み出したそうだ。 また、歴史公園と呼ばれるゆえんは、氷河期以降の先史時代の人が住んでいた跡が見られる
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トルコの旅 (Dec29.2002)
 トルコの首都アンカラからバスでカッパドキアへ。アナトリア高原の中心に広がる大奇岩地帯は、雪が降っていた。数億年前に起きたエルジェス山噴火によって造られた。火山灰と溶岩が数百mづつ積み重なった後、風雨に侵食されキノコ状の形となった。
 
 写真は沢山あるが、デジカメが、壊れてしまっていたので、ここに写真を載せられないのがとても残念。と思ったが・・
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デジカメで撮って載せてみた。。
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by krung_theep | 2006-11-30 01:36 | 旅行  

ロップリーのひまわり

11月13日   月曜日
昨日、バンコクより北へ(150キロ余り)バスで2時間40分、(一人120バーツ)長い歴史を持つ古い町ロップリーへひまわりを見に行ってきた。
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到着したのは、お昼をすでに過ぎていたので、まずは、食べたい。ご飯に2種類くらいのおかずをのせたのでもいいと思って(夫はこれをぶっかけ飯という)、探すが無いのか見付けられないのか・・ラーメン屋さんが多い。仕方なく一杯25バーツのセンレックを食べた。
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市内バスで旧市街に行きインホメーション・センターで情報を得る。
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みどころは旧市街地に集中してるので、折角なので近くを回った。
プラ・シー・ラタナー・マハタート寺院跡 ロップリーで最も高くそびえるクメール式仏塔。
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プラ・プラーン・サム・ヨート 13世紀に古代クメールの神殿として建てられた。
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バス・ターミナルからひまわり畑へ行けるバスが出ているということだったので、市内バスで戻って乗り換え1時間ぐらい乗ったところで車窓から、黄色い色の絨毯を惹いたような景色にところどころ変わってきた。運転手は、(乗る時、伝えておいた)この辺でどうだとばかりに笑顔でバスを止め、何やら早口のタイ語でしゃべって降ろされた。私たちは、ここが、自慢の場所なのかと笑顔の運転手と手を振って別れた。
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見事なひまわり畑の側に、小屋があり牛を飼いながら、留守番なのかそこで生活しているのか、音楽を聴いている青年がいる敷地へ入っていって、写真を撮らせて下さいとお願いすると快くお応じて下さった。年の頃36~8と思われた。「朝、夕の方が最も綺麗なんだよと」と彼は言う。そして、私に「韓国人か?」と聞く。韓国人に間違えられたのは初めてだった。日本人だというと「ありがとう」と日本語が戻ってきた。私は「ありがとう。さようなら」と日本語で挨拶してその場を後にした。ロップリー県には100,000ライ以上の面積を誇るひまわり畑があるといわれる。(1ライ=1,600㎡)
バスから降りた反対側から、手を上げてバスに乗り(一人23バーツ)ロップリーへ戻った。インホメーション・センターで得た情報によると、バンコクまで、バスよりも早くて安い、バンが出ていると聞いていたので帰りはバンにした。
(一人100バーツ)2時間といわれたが混んでいたので2時間20分だった。降ろされた場所もよかった。バスなら、もっとかかっていたと思う。8時半過ぎにやっと夕食を取ることができた。写真を撮ることも忘れるくらい、空腹と疲れがピークだった。。途中、気がついて撮った写真。
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写真左から空芯菜の炒め物、プー・パッポン・カリー、トム・ヤム・クン。
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by krung_theep | 2006-11-13 16:36 | 旅行  

シンガポール

10月23日   月曜日
シンガは、サンスクリット語でライオンを意味し、下半身の魚は港町シンガポールを象徴しているそうだ。
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美しい国といわれているシンガポールへ行って来た。 ゴミのポイ捨ては禁じられている。ガムも売っていないと聞いている。ホテルへ行くまでの、タクシーの中から眺めたシンガポールの印象は建築物が美しいこと。
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そして、道路が綺麗だった。
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一泊だけしたラッフルズ・ホテル
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久しぶりの先進国の旅行だった。
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by krung_theep | 2006-10-23 23:53 | 旅行  

コ(島)・クレット

9月17日 日曜日
バンコクからドンムアン空港に行く途中、チャオプラヤー川の中州にあるクレット島へ行って来た。BTS(高架電車)でバスに乗り継ぐべく、アヌサワリー・チャイ駅で降り、バス停まで、歩いてバークレット町行きのバスを探す。
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高速を走って30分で、バークレット町に着いたが、降りる場所がよく分からない。というのは、途中降りる場合は自分で検討を付けて、ブザーで知らせて降りなければいけないのだ。
バスを少し早く降りてしまい、炎天下10分ほど歩くことになってしまった。
渡し舟に乗って対岸のクレット島までは、わずか2~3分。(1人2バーツ)
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飲み物、アイス、揚げ物、蒸し物、お菓子の屋台がたくさん出ていておおにぎわい。ローカル度95%。屋台は甘いものと揚げ物がいっぱい。 
下の写真は、お花のてんぷら。(かきあげ?)
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また、この島は“陶器の島、お菓子の島”とも呼ばれている。
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糖尿病の夫には、良くない物ばかり。おにぎりを作って持って行ったのは正解だった。普段は玄米なので、白米は本当に久しぶり。その後、よく歩いたので血糖値の上昇は防げたはず。
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by krung_theep | 2006-09-17 22:46 | 旅行  

ある週末

朝6時起床す。先に起きてた夫が、ソファーに座ってなにやら必死で読んでいる。“おはよう”という私の挨拶に答える前に、”バスでコラートへ行こう“と言い出す。もう、すぐにでも出かける勢いだ。

 今日は午前9時から午後3時まで、住んでいるビルの電気系統の点検為、停電することになっているので、どこかに非難しようとは思っていたけど、 起きて直ぐなんって・・・まったく! 思い付きで言われるには呆れる。

 朝食をすませ、私の予定どうり9時前に自宅を出発し、BTSのモーチット駅近くにあるタイの北方面行きのバスターミナルへ行き、9時40分発の2等バス(1人165バーツ)で“コラート”という町へ向かった。

 車内は、クーラーは利いているようだけど暑い。ビニールの椅子のカバーのせいと、やたらと多い停留所、止まるたびに外気といっしょに客より多い売り子が入ってくる。菓子、飲み水、ソーセージのあぶり焼き、ガイ・ヤーン(焼き鳥)ともち米の蒸したもの等々を持って、バスの中で商売を始める。どれもおいしそう。でも何も買えない。買えないのがとても残念。なぜなら、ハエがたからないように、殺虫剤を吹き付けているかもしれないしれないと云う話を聞いた事があるから(スルメの話ですけど)。

 夫の計算では3時間だったらしいが、所要時間4時間20分。午後2時コラート着。乗り換えてバン・クウイアン(1人25バーツ)いう陶器で有名な小さな町へ。町の中へ入った訳ではなく、ここだと教えられバスから降り立った道路の両サイドに50メートルほど陶器で作られた物が並べられたお店があるだけ。
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朝6時すぎに食べてから何も口にしていないので、何か食べねばと探すが何もなさそう。すでに3時を過ぎている。一軒だけヌードルだけを食べさせる食堂があった。一杯30バーツで平麺のスープ付きと10バーツの水を注文。スープの味が良い。入っている手作りソーセージが美味しかった。
 お店の人にコラート行きのバスの色はブルーだと教えてもらった。(タイ語が読めないとこういう時に困る)
 はるか彼方からスピードをあげて走ってくるバスに検討つけて、運転手に止まる合図を送るのだけで必死だから、冷房車かそうでないかは乗るまでは分からなかった。すべての窓は全開。頭の上では扇風機が回って、私が座った椅子は前の椅子にあまりにも近いので脚が仕えまともに座れない中古も年期が入っている。1人10バーツ。来た時のバス代より安い訳に納得した。
 
 運転手にコラートのバス・ターミナルまでと伝えておいた。コラートの町に入ったなと思っていたら、バスは思いとは、あらぬ方角へ曲がってだいぶ行って止まりここだと言って降ろされてしまった。私たちの望んだバス・ターミナルではない。位置としては反対の方向なのにとふたりで言いながらなぜ、ここで降ろされたか解らない。(解らなかった理由がこれを書きながらはたと気付いた。たぶん、ソンテウに乗り換えて行くもっとも近い場所で降ろしたに違いないと) 行き会ったふたりの学生に尋ねた。英語が出来、そのうえ交番の警察官に確認に行って来てくれたりして丁寧に行き方を教えてくれた。

 7番のソンテウ(乗り合いトラックのようなもの。市内どこでも7バーツ)に乗って、さあこれでターミナルまで行けば午後5時ごろのバンコク行きのバスに間に合うと思いながら、狭い座席を詰めてひとりでも多く座れるようにしようとする皆の心がひとつになる、ソンテウに久しぶりに乗れたのがうれしかった。夫は座席は女性でいっぱいで座れずトラックの後ろに立見席ならぬ立ち席があり、そこから外の様子を見ている。

 しばらくして、夫が降りるので仕方なく降り、トラックの運転手に直接7バーツづつ払った。
方角的にはここだと言って、住宅地の幅広い道路に入って行く。私、この先は行き止まりで抜けられないのではと思いながら先に行く夫を追う。やっぱり、いけなかった。
止めた車の荷台で休んでいるタイ人にたずねると、ここから1キロあると言われた。また、同じ番号のソンテウに乗り無事ターミナルへ到着。

 1等バスの切符を買った。(1人212バーツ)行きより47バーツプラスということになる。座席のカバーは布でクッションが全然いい。スナックとコーラのサービスがあり、途中止まることなくひたすらバンコク(モーチット)を目指して走る。17時に出て20時30分に到着。

 タクシー、バス、電車を乗り継いで、家の近くの22時まで営業しているタイスキのお店にの入ったのが21時10分。やっと食べれたうれしさ。遅い食事なので野菜中心の鍋にした。ビールもおいしかった。

 “クイッテアオ・センヤーイ・ナーム”を食べに、7時間50分も掛けてコラートの町まで行って来たというのか。。。
まっ、いいことにしよう。

 私の知っている範囲では、個人でバス旅行をする人は非常に少ないが私たちは今回で3回目。なぜか、楽しい。小さい時の遠足のようだ。タイは田舎に行くほど空気が良いし人もやさしい。
夫がまた、近いうちに“でかけるぞ“と言いだしそうだ。
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by krung_theep | 2006-08-26 13:37 | 旅行